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ときには勇ましく、ときには華やかに、歴史の舞台となったこの町は、
雄大で優美な手つかずの自然が残る景勝の地。
静かに佇むそのひとつひとつを丁寧に辿れば、
やさしい琴浦の素顔が見えてきます。
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光徳寺山門 |
町指定保護文化財 |
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| 方見神社は、もと上伊勢皇大神宮と称され平安時代から続くといわれる由緒ある神社。隋身門には、それぞれ武者の形をした寄木造の隋身像(神域を守る像)(県指定保護文化財)が安置されています。鎌倉時代の作といわれ本格的なもの。 |
| MAP 八橋・浦安駅周辺 |
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転法輪寺古墓群 |
町指定保護文化財 |
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| 八橋城跡(町指定保護文化財)にある、この飛行殉難碑は千歳空港開港の礎といわれる酒井飛行士が、1932年(昭和7)片桐機関士と朝日新聞社機で日満議定書調印の模様を空輸中に八橋沖での遭難・殉職を悼み建立された碑。 |
| MAP 八橋・浦安駅周辺 |
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津田家墓所 |
町指定保護文化財 |
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| 寛永9年(1632年)の国替えで池田光仲が鳥取藩に移封された時、藩の最高格式である着座家津田氏が八橋を預り地として領有し、八橋に陣屋を置いて家臣を常駐させ、自分手政治を行った。津田家は尾張織田氏の一族であったが、関が原合戦後は、池田家に召されて重臣に列せられるようになったと伝えられている。八橋での津田家初代は元匡であったが、寛文年(1666年)三代元茂の時に体玄寺を菩提寺とし、ここに津田家の墓所ができた。三代元茂から十二代元亮までの10基と、三代元茂夫人の1基とで11基の墓碑が並んでいる。三段の台石の上に自然石の三面を加工した実に堂々たるもので、津田家の往時を偲ばせている。 |
| MAP 八橋・浦安駅周辺 |
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川合清丸先生
誕生地の碑 |
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| 勝田川中流西岸の山頂にある、郷土が生んだ思想家、宗教家の川合清丸先生誕生地の碑。川合清丸先生はこの地に生まれ、1888年(明治21)に幕末の三舟である山岡鉄舟を社長に迎え国教大道社を創立しました。この碑文は先生の教えを受けた林銑十郎元首相による揮毫(きごう:毛筆で書いた書)。 |
| MAP 赤碕駅周辺 |
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出上岩屋古墳 |
県指定保護文化財 |
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| 大型の横穴式石室が露出。石室の入口の玄門は一枚岩をくり貫いたもの。遺体を収めた玄室からは金メッキの耳飾りが出土。古墳時代後期の築造と考えられます。 |
| MAP 赤碕駅周辺 |
| 永福寺に安置される客仏で、もとは船上山の寺にあったものと伝えれています。平安時代中期の作と言われ、当時の船上山の栄華を伝える貴重な遺品。 |
| MAP 赤碕駅周辺 |
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智積寺の梵鐘 |
県指定保護文化財 |
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| 智積寺は室町末期の1530年(享禄3)に船上山頂に創建されたが、戦国時代の混乱により江戸時代直前に解散、大正時代にゆかりの寺坊が再び智積寺と名のり現在に至っています。この梵鐘は1347年(貞和3)の銘があり、元は備前の寺にあったもの。 |
| MAP 琴浦町B |
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天皇水 |
因伯の名水 |
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光の鏝絵
(こてえ) |
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| 光集落の家々の蔵には、地元の左官職人が漆喰壁に鏝で描いた福神や動植物の浮き彫り(鏝絵)が多く施されています。これらは昭和30年代から縁起と家構を重んじる意味で描かれるようになり、それぞれは精緻で落ちついた集落のたたずまいを引き立たせています。 |
| MAP 琴浦町A |
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